RYOTA YAMADA

Tuesday, October 20, 2015

湿原の朝












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 この川下りでの最低気温を更新した。今朝六時の外気温は氷点下五度である。テント内の温度は氷点下三度だ。
 持ってきているすべての服、雨具として持ってきているズボンまでも履いて寝袋に潜り込んでいるが、寒くてとても寝れぬというほどのことではないものの、それでもヒンヤリとしてゾクゾクとするものが地面から伝わってくる。
 大量の食料を必要とする長期遠征なので荷物量には制限があり、ホカロンのような文明の利器は持ってきていない。また白金懐炉は、やはりどうしても触媒燃焼ではベンジン(石油から精製される)を完全には燃やし尽くせぬのだろう、寝袋の中が臭くなるので最近は使うことがない。衣服の量もぎりぎりに押さえている。はじめからすべての服を着込むつもりできているのだ。
 しかしその凍てついた空気のおかげで、昨夜の天の川はよりはっきりと見えて美しかった。大気が凍り、宇宙が近づく。
 手がかじかみ、小物袋の口を閉めているベルトを外そうとしても、プラスチックのバネを指で押すことがどうしてもできず、苦笑いをしながらあきらめた。体が暖まらないと動けないのは、朝日を浴びてやっと溶けたように動き出しテントの周りを飛ぶ虫と同じだなと思う。テントに日光が当たって暖まり、体が溶けるまで待つことにした。
 朝日がやっと陰を作っていた丘の木々よりも高く登り、陽光が直接テントの周りを覆うアシを照らし出すようになった。霜をまとった枯れ草色のアシが、きらきらと星空のような光を放つ。地上にも天の川が降りてきた。
 コロコロと心地よい音をたてながら流れている湿原の細い水路まで、厚さが二三十センチもあるふかふかな絨毯のようなアシの堆積物の上を歩いて行った。ふわりふわりと浮きながら歩く。水路脇に上げてあるカヌーに溜まった雨水が、厚さ数センチの堅くて鋭利な氷となっていた。
 朝飯として、先日穫れたベカンベウシの川エビを、ふりかけのように玄米にかけながら食べた。これがかなりうまくて、昨日も一昨日も食べているが、いっこうに飽きることがない。
 そう、四国の四万十川をカヌーで下っているときに穫れる手長エビは、一時間ほどがんばってみても収穫量が少ないので、ちょっとしたビールのつまみ程度にしかならないが、ここベカンベウシの川エビは、一食分以上のおかずとして蓄えることができるのである。
 手長エビは四万十名物として有名だが、この川エビも味としてまったく引けを取ることがない。
 はっきりとした白黒の体に鮮やかなオレンジ色の腹が映えるキツツキが、木琴の早朝演奏会を始めた。叩く木の幹により異なる豊かな音階が、朝の静かな森に木霊する。雑木林だから様々な木の種類があり、植林ではないので若木から大木まで様々な太さがあり、人の手が入っていないので健康な木から朽ち木まであることが、木琴に豊富な音色の鍵盤を与えてくれるのだろう。
 餌の虫を探すためだけに木を叩くのであろうか。雌を誘惑するために、人間と変わらぬ美的感覚で巣を飾りたてる鳥がいるほどだ。その音階をキツツキが楽しんでいないとはかぎらない。ほんとうに演奏しているのかもしれない。
 耳を澄ますと、ぱりぱりぱりぽちゃんぱりぱりと、凍てついた湿原が朝日に照らされ溶けゆくかすかな音が聞こえてくるのだ。
 朝の音。そう、記憶の彼方に忘れ去られていたこの音だよ。今日も太陽の熱を浴びて一日を始めるのだ。


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