LEO RYOTA YAMADA

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Saturday, May 12, 2012

ザ・ケネウィックマン・エクスペディション、42日目


今日は強い向風から追風に変わるという予報だったので、午前三時半に起きて、アイリーンとフィリプの助けを借りながらアイリーン宅からロッククリーク公園へとカヤックを運び、午前八時十分にコロンビア川へと漕ぎ出した。けっきょく四日もの間、強い向風が吹き止むのをロッククリーク公園で一泊、アイリーン宅で三泊して待ち続けたことになる。



程好い追風を受けて、カヤックは時速九キロメートルほどで快適に進む。暑くもなく寒くもなく、雲一つない澄んだ青空が広がっていた。

カスケード山脈を切り開くコロンビア渓谷の奥深くへと進んで行く。これまでは、乾燥し赤茶けて、深く切り落ちた断崖が続く壮大な景観だったが、ここからは、なだらかな山肌に緑が豊かな、柔らかい景観へと、川を進むにつれて徐々に移り変わっていった。



九時半頃、フッドリバーを通過した。今まで、まるで僕のカヤックを導く灯台のように、いつも前方遥か彼方に孤高と聳え立っていた白銀のフッド山が、そのとき僕の真横に見えていた。果てしないと思えた距離であったが、いまこうして進んでこられたのだと思うと、感無量だった。



適度だった追風が、徐々に強い追風へと変わってきた。風に押されてカヤックは時速十三キロメートルほども出るようになり、安全な操舵には少し早すぎるので、帆を三分の一ほど下げて小さくする。それでもなおカヤックは速度を上げはじめ、もの凄い勢いで水を押しのけながら進み、時速十八キロメートルもの最高速度を記録した。風によるカヤックの横流れを防ぐキールは、水圧に負けて定位置から外れてしまい、何度も手で押し戻さなければならない。さらに、風が生み出す波は、波頭を白く崩しながら、カヤックよりも早い速度で後ろから追い抜いてくる。後方から迫りくる波は見ることができないので、不意に、大きな波にカヤックが飲み込まれて、恐ろしい。

さらに風が強くなり、危険を感じる。帆をもっと下げてみるが、それでも時速十三キロメートルほどの速度で進んでしまう。避難できる上陸場所を探すが、見当たらない。

ホームバレーあたりから物凄い強風になる。ほとんど帆を下げてしまっても、カヤックは風に押されて疾走する。コロンビア渓谷は、たとえ追風であっても、これほどまでに強烈な風が吹く難所であることを、身をもって思い知らされた。退避する場所が見つからないままに、気を張り詰めながら前進した。



ボネビルダム手前にあるスティーブンソンのボート進水斜路に、午後一時十分に到着。緊張から解放されてほっとする。十人ほどのカイトサーファーが、色とりどりのカイトを空高く舞い上げながら、秒速十一メートルほどの強風を楽しんでいた。

ロッククリーク公園からスティーブンソンまでの四十キロメートルを、たった五時間で進んでいた。

ボネビルダムの迂回はスティーブが手伝ってくれた。彼とはそこで初めて顔を合わせたのだが、有難いことに、サポートできないかと彼の方から数日前に電話をかけてきてくれたのだ。



午後五時半、スティーブに見送られて、ボネビルダムのすぐ下流にあるボート進水斜路から出発する。水の流れは速く、景色が後方へと流れていくのが見て取れる。



日没が近かった。しかし随一の難所であるコロンビア渓谷を、なんとしても、強烈な向風が止んでいるという滅多にないチャンスのうちに抜け出したかったので、上陸せずに水上で粘り続けた。



午後八時、小さな公園のようなものを発見した。もうすでにコロンビア渓谷の外れにあるワシュガルまで来ていたので上陸してみたが、そこは私有地で、立ち入り禁止と書いてある。そこで隣接した牧場の外れに建っていた家を訪ねてみると、主人のボブが快くテント設営を許可してくれた。そしてなんと夕食にまで招待してくれて、週末で遊びに来ていた彼の子供や孫の十人ほどに囲まれながら、賑やかに楽しく、暖かい食事と冷えたビールを頂く。結局、彼の好意でそのままシャワーを浴び、ソファーで寝かせてもらった。

ボネビルダムからワシュガルまでは、早い水の流れに乗って二十六キロメートルを二時間半で移動した。